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    Gunter Sachs + Brigitte Bardot

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1895年から120年続くSACHSブランド最後の直系が三代目のSACHS氏、正式名はGunterSachs(ギュンターザックス)。父ヴィルヘルムザックス(2代目)と母(オペル財団令嬢)の愛を一身に受けたはずなのに、事業(稼業)を途中で放棄、数年前に自ら命を絶ってしまったんです。、、生きている内に一度お会いしたかった、、。心底悔しい思いです。

稀代のプレイボーイ、、その父、祖父の系譜をですね、いつか一冊の本にまとめたいな。と、勝手に考えております。スターウォーズを超える大作かもですね!真実は小説よりも奇なり。

  

    SACHS-Saxomat 1957

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Saxomat(サクソマット)1950年代後半からSACHSが開発供給推進してきた2ペダル(クラッチペダルレス)変速システムです。画像はそのイメージポスター、、どことなくクラウディアシーファー(Claudia Schiffer)に似ている、、と言うことはつまり当時のSACHS三代目ギュンターザックス婦人ブリジッドバルドー(Brigitte Bardot)にも似ている訳であります。まー何とかの空似的次元の話ですが、Saxomatの技術概要とその発送は現代のスタンダード”DSG”になっちゃいましたからこちらは高次元であります。SACHSの技術力つーか、執念を感じる逸品です。

  

    VW GOLF、40年目の新作。

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シュトウトガルトポルシェミュージアムにて撮影した1枚です。どーみもGOLFに見えますよね。1965-66年ポルシェがハインツノルトホフ(当時のVW社長)の依頼を受けて設計したEA266。多分、これがGOLFの元祖でしょう。正式のGOLF誕生以前からPorsche社が関与していた、、40年間ぶれない設計思想と毎次更新される動体性能は911のソレを感じます。さて、40年7代目のGOLF。我々の出番はいよいよ無くなるかもしれません。
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歴代のGOLFが並ぶとですね、それがそのまま現アフターマーケットの歴史に感じてしまいます。因みに初代GOLF1世代のSACHS製品インポーターが広島のアンクさん、その後直ぐにCOXさんへ移管。GOLF3全盛期に僕らがCOXさんから引き継ぎ現在に至ります。モデル毎に性能が上がって行く中、ノーマルフツトワーク性能の”伸びシロ”も減ってくる訳で、それはそのまま完成度の高さを意味する事ですから、僕らにはどうしようもありません。これは僕個人の考えですが、初代GOLF1からGOLF3までのフットワークの伸びシロ(純正ダンパーからSACHS製品に変える事による性能向上率)が30%位かな?と、感じていました。半年に一度スプリングレートとリーチ&トップ形状2種類がコロコロ変わるGOLF3、、SACHSのサスペンションセット(当時はSportingSet)の設計目標値50%性能向上に対しての30%は、20%の性能がスポイルされたと個人的に考えてます。メーカー自身も迷っていたシャーシセットアップ(基本性能が不安定な為)だから?今思えばホボ正解かもしれません。一方GOLF4は50%の性能向上目標を50%きっちり受け止めてくれた完璧なマシンでした。クリップマウント(ナックルアーム差込式)のフロントストラットにより、応力剛性の要求から解放された秀作。フリクションロスが軽減された分、ダンパー本来の性能、つまりSACHSが当初から実行してきた”振動を制御する”を身を持って体感する事が出来ました。GOLF5&GOLF6の基本性能が更に上がった分、体感性能は30%。残りの20%はスポイルではなく、SACHSの制御レヴェル同等のポテンシャルを純正が保持する事による相殺です。果たして、次のMQB(GOLF7)の性能にどこまで手持ちの製品(SachsPerformancePLUS&RS-1共に開発中)が追従出来るのか?つまりそれが現ビジネスのライフタイムです。他のダンパーメーカーは?ですが、ZF-SACHSに限っては性能向上(純正比)の認められない製品を商品化する事など決して行わない企業ですから、結構切実です。

  

    Mr,Bernd Grasser (Senior Manager ZF Services)

某日、鉄人ことアジアパシフィックセールスの頂点に立つグラッサー(Bernd Grasser)さんも静かに来日しておりました。
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ドイツ、シュヴァインフルト地獄の森(店舗名ね)レストランでシュニッツェルをかじりながらビールを飲み、翌日SACHS本社社屋会議室でコーヒーを飲みながら、そして銀座で天ぷらをつまみにビールを飲んでのコミュニケーションで発覚した事が、、僕とグラッサーさん実は同じ”挫折感を抱える(あははー)”同士でした。正確には”やり残し感”が正しいかもしれません。16年前に解散(売却)したドイツSACHSの自転車パーツ部門(現SRAM社)にグラッサーさんが在籍していて、SACHS独自の先進性を備えたイージーバイキング(フルオート電制シフター)プロジェクトの真っ最中に突然部門売却。グラッサーさん曰く「しょうがないよ、ボードの決定は何時も突然だからさ、、でも、やりたいことがまだあったのは事実。」と、クールな鉄人!エクストリーム系スポーツ(マウンテンバイク、スキースノーボード、ウインドウサーフィン)に没頭してストレスフリーなんだそうです。”それでいいのかいね?”と聞く前に、彼から「実は僕の息子が学生しながら、trainee(研修生)としてSREで働くことになったんだ。」と。同じブランドで”モノ創り”をご子息が引き継ぐのであれば、それ以上の幸せはないですからね。
※グラッサーさんの愛車(マウンテンバイク、コンポーネンツは当然SRAMでした)詳細と、SACHS~SRAM騒動は下記リンクをご参照下さい。
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で、僕とグラッサーさんの共通の知人(であることを彼は知らない)ペーターメイさんの名刺画像です。当時のSACHS自転車パーツ、アジア地区担当ペーターさんからこの名刺を受け取ったのは16年前、、、未だ捨てられないんですよ。チャンスを逃した悔しさは勿論ですが、二度と同じ轍を踏むまい!といった戒めの為にとってあります。さてさて、現在のペーターさんは何と!SRAM社に勤務(重役のようです)とグラッサーさんから聞きました。旧SACHS自転車パーツ部門の流れをしっかり汲んでいる、、名前は変わっても製品の精度と、先進性はしっかり受け継がれているようで一安心。カンパニョーロ、シマノのツートップの後方で、淡々と過激な製品を送り出し、ツールドフランス有力チームを優勝に導く。カンパ&シマノ陣営が「製法も解らないが、そもそもソノ意味が解らない、、」と言わしめたSRAM独自の超絶インゴット削りだしリアカセット(モノブロック多段歯車)の”ソノ意味”はユーザーが勝利した後にしっかりついてきていますから、市場ツートップから観たSRAMは”非常に薄気味の悪い3位”だと思います。そう言った意味では僕らSACHS(日本のアフターマーケット)も、大手2大ブランドのビルシュタイン&KWの遥か後方なのか、又は違う方向を行く”不気味な存在”であり続けたいと思っています、、、そんな考えでユーザーの支持が得られるか?答えはYesですよ。僕らのSACHSユーザーは”ソノ意味”を知っているハズですから。

■1897年のSACHS製品(僕の心残り)>http://www.hans.co.jp/sachs/blog/diary.cgi?no=838

■CANYON BIKES WEB(グラッサーさんの愛車)>http://www.canyon.com/

  

    Schweinfurt002.(Hbf)

今日はドイツのシュヴァインフルト駅をご覧頂きましょう(世界の車窓から風に)。
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小さな駅舎ですが、この艦橋のような建築様式がドイツ鉄道駅舎の基本形のようです。機能美ですね。
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ご覧下さい!!駅舎を支える支柱のレリーフです。一子伝承!古き良き独逸クラフツマンシップ徒弟制度(マイスター制度)のアイコンです。組み上がった製品を弟子に手渡す親方。”手から手へ”、画像のベアリングに込められた思いは物創りの哲学なのかもしれません(1895年にこの地、シュヴァインフルトでスタートしたSACHS社。そのファーストプロダクツがボールベアリングでした)。
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駅構内のショウウインドウに貼られたサイン。グラッサーさん(ZF)に聞いた所「あー、、これはマニアだねー。SACHSが後援している鉄道模型ファンクラブのアレだね。」と。因みにドイツ鉄道DB車両のSACHSダンパー装着率は70%以上です。ドイツのぽっぽ屋もSACHS派です!

  

    Schweinfurt001.

SACHSの製品は、いったいどんな場所で作られているのか?その生産地域とロケーションを知って頂く事で更に、SACHS製品に興味を持って頂けるといいな。そんな思いで書いてみました。
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SACHSの総本山があるドイツの街”SCHWEINFURT(シュヴァインフルト)”のシンボルを紹介しましょう。先ず、シュヴァインフルトは何処にあるのか?ドイツ地図上のフランクフルトAM(アムマイン)の少し右側の小さな街であります。ウィキペディアでSCHWEINFURTを検索すると「WW2で多大なる被弾した街。」と、書いてあります。機械中枢を担うSACHSと、同門の現SKF本拠地を狙うのは戦略における、、この話は今度にします。さてさて、話は戻りましてシュヴァインフルト!この地名の由来が僕ら日本人にはとても難解なのでありますが”豚も通れる浅瀬”だそうで湿地帯を意味していると思われます。因みに”~フルト”とつく地名は全て川瀬だそうです(フランクフルト然り)。ドイツ語のシュヴァインは豚でありまして、結果シュヴァインフルトのアイコン、シンボルは”豚”なんです。F1エンジニアを担保する超最先端振動技術メーカーのヘッドクオーターが自然豊かな豚の街、、それがドイツにおける企業哲学であり還元志向(金属機械を沢山生産する代償に、豊かな自然を保護して地域の人々に還元する)のようです。今回の渡航で初めてじっくりシュヴァインフルトの旧市街を散策しましたけど、俺、、ここなら住んでもいいな!と思いました。
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で、当然僕らの宿泊先、シュヴァインフルトホテルメルキュレ(SACHS指定宿)玄関にもこんなのが居たりします。夜見るとこわーいデス。
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更に、シュバインフルト旧市街のマクドナルド前で発見っ!ケチャップを頭からかぶり、胴体はポテト&ビックマック!んで、よーく観るとモシャモシャ食べてますねー。食欲沸きますか?兎に角、ドナルドファンの二瓶さん(本店銀座勤務)もびっくりでしょう!

  

    1897年 Torpedo.

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ウインブルドンが閉幕してワールドカップ頂上決戦。一息つく暇もなくツールドフランスが始まっています。永い寝不足(KEOさん大丈夫?)が続いてる方、結構多いんじゃないでしょうか?ハイエンドスポーツ、、観出したらキリないので僕は”出来るだけつまみ食い”を心がけております。さて、ツールドフランス!有力チーム詳細は最近全く解りませんが、ハードウエアの精度&性能が勝敗を別ける「道具の勝負」と、マシン(自転車)と人間のドラマティックなインターフェイスが僕の興味をドコロです。そして”もう一つの興味”が、、、例の如く装着率!各チームのマシンに装備されたコンポーネンツ(駆動変速系部品>前後のディレーラー、シフター、クランク&BB、チェーン、カセット&ハブ)でありまして、皆さんご存知シマノ、カンパニョーロの2大ブランドの他に、いよいよ(やっとかな?)頭角を現したブランド!それが僕の最大の興味であり、40数年生きてきて一番の後悔事でもあります。

その名はSRAM(スラム)、、、前身はSACHS(ザックス)。

15年前初めてドイツ、シュヴァインフルトのSACHS社を訪問した際に「御社の自転車部品を取り扱わせて欲しい」と切り出した僕に当時の担当者は残念そうに「一週間前に自転車部門の売却が決定しました、決定を覆す事は出来ません、、私も残念です。」と。ドイツ渡航前にSACHS自転車部門アジア地区セールスマネージャーのペータさん(Mr、PeterMay)と打ち合わせした際に「本気だったら早くドイツに行って欲しい。出来るだけ早く!」、、、彼が急いでいた理由がドイツに行くまで解らなかった。渡航が一週間早ければ何とかなった?そんな考えは後の祭りですからね、、今はただSACHSの流れを汲むSRAM社を応援するだけです。さてさて、話はツールドフランスに戻ります。2010年のエントラーチーム中、、確か3チーム(参考/八重洲出版サイクルスポーツ誌/近藤女史に感謝)だったかな?シェア率といったら先のニュル24時間と同じくらい(10%未満)です。でもそれでいいんです。少数精鋭で勝てばインパクトは大ですから。画像は今から113年前のSACHS(F&S)社が開発した自転車用のハブ”トルペード式ハブ”です。これ、世界初の画期的なシステムを搭載しているんですよ。今では普通ですが”ペダルを漕がない時に空回り”、、「それ当たり前」って程普及しているSACHSの発明の一つです。”移動手段をより快適に!”このSACHSの企業理念は100年以上変わる事無く掲げられ、この先100年も揺らぐ事はないでしょう。

1897年 Torpedo Fichtel&Sachs

  

    1910年 SachsFamily(約100年前の集合写真、ザックス家の一族)。

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本牧戦線SachsBlog読者の皆様っ、本年も宜しくお願い致します。戦闘(営業)開始は5日よりですが、先ずは新年のご挨拶と思いカタカタ書き込んでおります。昨年末、我が総統から大号令がかかりまして「ヨーロッパの伝統、ドイツ連邦共和国の優良製品として、弊社取り扱い製品を強くアピールするべしっ!諸君にはより一層の努力を希望する!」との事ですので、今年1番目のログは”ザ・レジェンド”的画像からスタート致します。で、SACHS社の前進F&S(Fichtel&Sachs)社集合写真。よーく観ると”1人変な方”が居りますが、当時からユーモアに寛容な企業であった証拠でしょうね(あはは)。WW1以前の写真が100年を経て”こんな風に”使われる何て思ってなかっただろうなー。と、一瞬思いましたが彼等は確信犯!世界に誇る精密動体制御部品ブランドSACHS(ザックス)は、100年先を見据えた信念のモノ創りを創世記から続けた結果だと思います。「淡々と継続する事。製品は信念の賜物なんだよ」と、ガスマスクの偉人(画面右上から2列目、右から4人目)が無言で語っているようです(以前、シュヴァインフルト訪問時に聞きましたが、ガスマスクマンの正体は不明)。

さてさて、、今年2010年は、何とSACHSブランド創業115周年っ!完全再生に全力を懸けて行く所存で御座います。何卒、宜しくお願い致します。

  

    Noldschlife1998。伝説のプロジェクト。10年前でも7分49秒。

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もう10年も前になるんですね~。Option誌とBLITZさんの協同プロジェクト”753スープラ(JZA80/600ps!)”。当時のニュルブルクリンクノルドシュライフェ(旧コース)ストリートカーのレコードが7分53秒。その記録を日本車+日本人の手で塗り替えよう!といった壮大なチャレンジでした。結果は7分49秒と無事に更新され、SACHS/SREダンパーの優位性が実証された瞬間でした。SachsWebのブランドヒストリーにも大切に記載させて頂いております。

日産GTRが7分38秒を記録した現在のタイヤコンディションを考えると、10年前でこのタイムはね”伝説”と言っても過言ではありません。因みにプロジェクトカースープラに装備されたSRE社製ダンパーは4way減衰制御だったそうで、現ラインナップ(コンペティション専用)から価格算出すると1本75~80万(x4本で1台分です念の為)今ですと、ちょうどALMSラーハルさんのマシン(BMW、M3V8GTR)と同等のパフォーマンス(構造は違うようですが)を保持するダンパーって考えると、如何に万全の必勝体制でプロジェクトに望んだか、その意気込みが僕には解ります。また当時の関係者からは「当初の予算を大幅にオーバーしちゃってさ、結局3千万超えちゃったんじゃないかな?(汗)」何て聞くとまさに”ザ・レジェンド!”って感じです。

当時のプロジェクト関係者に敬意を表して!そして密かにニュル進出&レコードを狙う白井の亀井社長(Eatuning代表)、3千万!です。どうしますか?(あはは)

SACHSブランドヒストリーはこちらからhttp://www.sachs.jp/09/diary.cgi?no=20

画像協力 SachsHandelGmbH(現ZFTrading)

  

    1955 BMW Isetta.

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BMWミュージアムでの1コマです。モロモロ撮影した中で、数少ない乗用BMWの1台です。このクルマ、、確かクランクケースにSACHSのロゴがレリーフされていたような、、、多分エンジンはSACHS製のはずです。で、この画像をみつつ、Studie鈴木さんの”プロジェクトZero”はどうなったんだろうな~と、思ってまして、、BMWでゼロ戦を創るんでしたっけ?あれ?ゼロ戦の設計製作を現代解釈して、ドイツのBMWにサムライ魂を入魂するんでしたっけ、、、んで操縦士は仙台の熊谷氏だって事まで決まっているんでしたっけ?後で聞いてみよーと。

僕は期待してますよ~。

追記2/26 BMWIsettaは、イタリアのVespa同様、航空機部品と応用技術で組み上げられた地上の飛行機?と、認識されているようです。エンジニアリングが同じだと自ずとデザインまで似てくるんですね。

  

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